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春期浮世絵展 江戸の源氏絵 ~平安文化と江戸文化~


今年の春期浮世絵展のテーマは「源氏絵」です。平安時代に書かれた「源氏物語」を主題とした五十四帖の「源氏絵」と共に、江戸後期に生まれた浮世絵の新たな「源氏絵」も展示。さらに、平安仏画などを精巧に写した木版画により、「源氏物語」が誕生した平安文化の一端もお楽しみ下さい。(出展数約140点)

超精巧木版画でみる平安文化

伝統木版画といえば、浮世絵ばかりをイメージするかもしれません。しかし、ここでご紹介するのは、明治半ばから国内外に日本美術の至宝を研究・周知するため、それらを精巧に写した木版画です。

明治22(1889)年、現在でも日本・東洋美術研究誌として大変権威のある「国華」が岡倉天心などを中心に創刊します。その月刊誌の中に毎回1・2枚ずつ、当時最高の彫師と摺師を採用し、採算を度外視してこのような木版画が制作されました。さらに、明治33(1900)年パリ万博に合わせて日本が国として初めてまとめ刊行した日本美術史(翌年日本語版「稿本日本帝国美術略史」刊行)にも、平安仏画などを写した木版画5図が掲載されました。江戸の庶民文化として発展した木版技術が、国の威信をかけた事業に採用されたのです。

これらの作品は、50度から100度を超える摺りもあるといわれ、その精巧さは、それ自体が芸術品として評価されていました。このように、日本特有の多色摺り木版は、摺師・彫師の分業による技術の継承・発展という土台により、各時代を代表する絵師からこのような国の事業まで、数百年の時代の変化・要求にも答え続けてきたのです。

今回は、それらの中から平安時代の絵画を写した木版画を中心に展示することにより、「源氏物語」が誕生した時代の仏教思想や宮廷文化の一端をご覧いただきます。

  • 国宝「普賢菩薩像(部分)」をもとに制作された木版画
    (「稿本日本帝国美術略史」 明治33年)


    「法華経」の信仰者を守護する気品高く厳格な優美さを持った普賢菩薩。
    女人往生も説く「法華経」は、宮廷の女性にも篤く信仰されました。
  • 国宝「十一面観音像」をもとに制作された木版画
    (「稿本日本帝国美術略史」 明治33年)


  • 蓮華座部分の拡大
  • 国宝「地獄草紙絵(鶏地獄図)」をもとに制作された木版画
    (「国華」103号 明治31年)


    前世において動物をいじめた者が落ちる鶏地獄。
    画面いっぱいに描かれた鶏は炎を吐き、焼かれ黒焦げの罪人が逃げ惑っています。
    このような「六道絵」は浄土信仰の広まりと共に描かれていきました。
  • 国宝「信貴山縁起絵巻 飛倉巻」をもとに制作された木版画
    (「国華」129号 明治32年)


    法力により鉢が、米俵の詰まった倉を建物ごと飛ばしている場面。
    大胆な描写と、何事かと驚き慌てる一人一人の表情や動きがとてもユーモラスです。

二つの源氏絵

平安時代の宮廷文化の中で生まれた「源氏物語」は、江戸後期の大衆文化の中で「偐紫田舎源氏」という新たな物語を生みだし大ヒットしました。この物語は、「源氏物語」の舞台を室町時代の武家社会に移し、主人公光源氏を足利光氏とするほか、人物や名場面を複雑に入れ込みながら将軍職を狙う山名氏を抑えていく内容でした。ちなみに、「偐紫」は「似せ」又は「偽」の紫式部、「田舎」は卑俗やまがい物の意と考えられ、自らを卑下してみせるそのネーミングも江戸の作家らしいものです。

この人気の大きな一因となったのは、当時歌川広重を凌ぐ一番人気の浮世絵師・歌川国貞の描いた豪華な表紙絵や挿絵でした。10年を超え38編を出版したところで、その華美な装飾さとあまりの人気に天保の改革で絶版となってしまいました。しかし、この国貞の描く足利光氏は物語から飛び出し、海老の形をした髷を結いきらびやかな世界の貴公子として描かれていきました。浮世絵として多くの絵師が描く新たな「源氏絵」というジャンルが誕生したのです。

今回は、「源氏物語」を主題とした54帖の「源氏絵」と共に、この新たな「源氏絵」とその発展をご紹介します。


各帖
左側: 「源氏絵物語」 歌川国貞 天保14~弘化4年、右側: 「今源氏錦絵合」 歌川国貞 嘉永5~安政元年

  • 第八帖 花宴

  • 第二十五帖 蛍
  • 第二十八帖 野分
  • 「源氏後集余情 第三十一まき おとめ」
    歌川国貞 安政4年

    「偐紫田舎源氏」から作られた数ある源氏絵の中でも、特に豪華なシリーズ。
    見る角度で柄が浮き出たり、和紙の凹凸で着物や背景の柄を表現する他、
    金銀箔を散らした平安時代の料紙の雰囲気をも模しています。
  • 「今様輝氏古寺之古図」 歌川国芳 弘化4~嘉永5年

    「偐紫田舎源氏」の挿絵をもとに作られた作品。
    秋の夜、古寺に逃げ込んだ光氏と黄昏(夕顔)。
    襖の裏には光氏を狙う般若の面をくわえた黄昏の母が・・・。
  • 「源氏別荘の月」 歌川国貞 安政元年

    源氏絵は「偐紫田舎源氏」の物語から離れ、海老の形をした髷をつけた光氏を中心とする
    遊楽的な風俗画として浮世絵の新たな一ジャンルになりました。

その他

能に取り入れられた「源氏物語」や「紫式部日記絵巻」の木版画なども展示します。

  • 「能楽百番 葵上」 月岡耕漁 大正11年

    知性と品格を備えた六条の御息所。
    しかし、源氏の正妻・葵上への嫉妬心と情念は鬼と化し、葵上を呪います。
    足元の小袖は、能特有の表現方法で苦しむ葵上を表わしています。
  • 岡田為恭筆「源氏物語花宴図」をもとに制作された木版画
    (「国華」112号 明治32年)

    源氏と朧月夜の許されざる恋。二人の再会を描いたと思われるが、
    右の桜の木(桜の宴の出会い)に藤(藤の宴の再会)を絡ませ
    出会いの場面も重ねているのかもしれません。
    細密な描写と淡い空気感が儚くも麗しい情趣を醸し出しています。
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